生活

最後までだという理由。受験期を振り返って。

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今日は2月10日。2月も中盤に差し掛かってきました。

 

いま日本は受験シーズン真っただ中です。私もうん年前は受験生でした。

私の受験はというと、センター試験本番で想像以上に結果が出せず、第1志望校でD判定が出てしまいました。D判定はこりゃ諦めた、と言いたくなるグレーな判定です。合格は中々苦しい展開でした。

2次試験で挽回しようとしましたが、2次試験も最初の1科目目からつまづいてしまい、ますます形勢は厳しくなりました。1科目目の時点で絶望しましたが、まだ試験は終わっていませんでした。残りの科目をあきらめず最後までその時にできる最善をすべて尽くしました。結果、点数は合格最低ラインギリギリであったものの、第1志望に合格できました。

このことを通して改めて悟るのは、結果は最後までわからないということです。オリンピックも始まりましたが、最後のゴールラインを通過するまでは誰が勝者かわからないものです。最後まで行っていなのに途中でああだこうだはいえない。受験に限らず万事もこれと同じ。過ぎた日の時点では夢としか思えなかった未来が今目の前にあった!ってことも数々ありました。もし途中でやめていたら今日それを見ることはできなかったでしょう。だから、途中であきらめないで信仰をもって最後までやるんです。

 

・どうして最後までやらなければならないだろうか。<最後>に行ってこそ「最後」が出てくるからだ。

・最後に行ってこそ<希望の門>があって、開けて入って<夢>を成す。だから最後までやりなさい。

~摂理の明け方の箴言より抜粋~

 

これまでよくできた人も決して油断はできません。途中経過が思わしくないな~という人も、最後まで諦めないこと!

最後に、全国の受験生たちが御心の道を見つけ、希望の門を開き、夢をなすことができますように☆

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