生活

風呂場の掃除を通して悟った話

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この前、風呂掃除をしました。

汚れをスポンジでごしごし磨いていきました。

掃除すること30分~1時間。掃除する前とは見違えるほどにきれいにピカピカになりました。

きれいになった風呂場をみて気分は満足♪すくっと立ち上がったその時、使っていたスポンジがポトッと落ちました。スポンジを拾おうとした次の瞬間、はっとして動きが止まりました。

何があったかと言いますと。掃除前は汚れひとつなくキレイそのものだったスポンジが、掃除をした後には見違えるくらいにひどく汚れていたのです。それを見て衝撃を受けました。風呂場がきれいになった代償としてスポンジがひどく汚れてしまったのです。

掃除した方もされた方も無傷だった、ということはまずないですね。掃除すると掃除した対象はきれいになりますが、掃除に使った道具の方は必ず汚れたりダメージを受けます。汚れがごつければごついほど、多ければ多いほどもっとダメージを受けてしまいます。

掃除はきれいなスポンジでなければできません。汚いものでやったら余計に汚れてしまいます。きれいにする代わりにスポンジがこんなにまで(TT)でもそのおかげで風呂場がピッカピカになったよ~。

タダではできない。きれいにするには犠牲が伴う理知ですね。

人生も、自分の力ではできないことを親だったり誰かに背負ってもらいながら今ここまで来ることができたのだと悟りました。

 

摂理に来るまでは全く知らなかった神様のことをたくさん学びました。
神様の愛と真理を学んで私の人生は祝福あふれる喜びの人生に変わりました。

今目の前に広がる祝福、今自分の手に握っている祝福。

これらは、決して自分の力やタダで得たものではないのだと感じるしかありませんでした。

感謝の思いを込めて。