摂理, 生活, 悟り

いつまでもかわくことがない水

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牛丼屋の話の続きです(笑)

 

券売機で注文をした後、お弁当の受け取りカウンタに食券を持っていきました。

そうしたら店員さんが「準備ができるまで飲んでお待ちください」とコップ一杯のお水を下さいました。

 

あまり水分取らず疲れていたところだったので生き返りましたー(*>_<*)ノ✨✨

心遣いに感謝です!

 

水ときくといろんな聖句が思い浮かびますが、今日はそのうち一つを紹介。

 

イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。

しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。

ヨハネによる福音書4章13-15節

 

イエス様がサマリアに行き、サマリアの女に出会った時のお話です。

井戸に水を汲みにきたサマリアの女にイエス様が水を飲ませてくださいと話しかけました。

やり取りの中で『飲む水は飲んでもまた渇くけれど、イエス様の与える水を飲む人はいつまでもかわくことがない』とイエス様が一言伝えられます。

これは、イエス様が文字通り水を与えて回ったのか?というと、そうではありません。

イエス様が何をされたかというと、ひたすら神様の御言葉を伝えてまわりました。

御言葉を聞いて感動した人や、イエス様の噂を聞いたたくさんの人たちが御言葉を求めてイエス様についてきました。

人々のかわいていた心が御言葉によって潤ったんですねー( ^ω^ )。

 

 

今回の聖句にもありますが、聖書には<永遠>という単語がよく出てきます。

人からくるもの、見える世界のものはいつかなくなる、時限付きのもの。

それらをもって自分の心をいくら満たそうとしてもきりがないし満足がありません。

まるで、飲んでもまたかわく水のようです。

サマリアの女もまさしくそのように生きていた人でした。聖書にあるように、5人の夫と付き合いましたが根本的な心の満足を得ることはできませんでした。

一方、神様は永遠な存在だから神様が下さる祝福であってこそ、永遠だということができます。

 

水。

水は、命が生きるために欠かせないものです。

誰にとってもなくてはならないもの。

では私たちにとって最もなくてはならないものとは何でしょうか。

 

考えさせられまする 🙂